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沖縄 ひろし

沖縄の城跡、石獅子、大川など歴史的遺構を紹介しています。
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サバウツガー
サバウツガー 宮古島市指定史跡

表示板より
 直径1.5m,深さ4.5mの石積みの井戸とその周辺地域、それに、井戸までの階段を含めて指定されている。昭和41年8月の簡易水道が敷設されるまで、240年以上も佐良浜の人達の生活用水として活用されてきた井戸で、名前の由来は、池間島から見た地形が鮫(サメ)の口に似ていることからサバウツと名付けられたものと考えられている。井戸を発見したのは、「ミューギ立の金大主」とフッズゥーの松大主」の2人で、サバウツバンタ(バナタ)での野良仕事の合間に、水の音を聞き、発見したと言われているが、潮により、塩辛さがあることから、飲料水としては適していない。
 鍛冶技術や石工技術を知る上からも貴重な史跡である。

サバウツガー
サバウツガー 伊良部島史跡

サバウツガー 伊良部島史跡





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大川&樋川 | 20:00:01
佐和田ユークイ(さーだゆーくい)
佐和田ユークイ

表示版より
 祭神は、1457年に沖永良部から池間島を経て伊良部島の白鳥崎に着いた「大世之主」である。
 この御嶽の特徴は、佐和田の集落発祥(西村)が他の集落発祥と異なり、多良間や八重山、池間島、遠く糸満などと交易があったことを残していることである。また、宮古の烽火の制が流布されたとき白鳥崎に烽火が建ち、西村の人々が守った歴史をユークイの伝承としてもっている。
 伊良部町教育委員会

佐和田ユークイ 伊良部島

佐和田ユークイ 伊良部島

佐和田ユークイ 伊良部島





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御嶽 | 20:30:01
大川(ウプカー)
大川 宮古島市指定史跡

表示版より
 掘削年代は明らかではないが、『雍正旧記』(1727年)に「大川掘年数不相知暦代二成及大破候、康熈五拾六丁酉年修補牛馬之用水所」と記述されており、康熈56(1717)年に補修工事がなされていることから、18世紀初頭にはすでに大川が存在していたことがうかがわれる。当時の人々の暮らしにとって、牛馬は重要な労働力であった。数多く存在する井泉のなかで、牛馬専用を目的としたものは極めて稀である。
戦後、水道の普及や牛馬飼育の激減により、大川を利用することがなくなり何時しか土砂に埋もれてしまった大川を、2004(平成16)年10月、文化財総合整備事業の一環として発掘し、約50年ぶりに全体の様相を市民へ伝える事ができるようになった。

大川
大川 宮古島市史跡





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大川&樋川 | 15:00:01
大和井(やまとがー)
大和井 国指定史跡

表示版より
 平良市街の東北に位置する泉(洞井)である。『雍正旧記』(1727年)記されている内容から、1720年ごろに積み上げてあり、上り下りの通路には石段が設けられている。伝承によれば、首里王府派遣の在番役人など一部の者のみが使用し、一般の人々には解放されなかったといわれている。かつては泉にいたるまでに2ヶ所の門があって、水守りもいたとの言い伝えがある。南島の人々と水とのかかわり合い、石工技術の見事さを示す石造遺跡として類例のないものである。

大和井
国指定史跡 大和井

国指定史跡 大和井




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大川&樋川 | 15:31:12
泊の大クワディサー
泊の大クワディサー

表示版より
 泊の大クワディサー(和名:モモタマナ)は、古老の話によると、首里王府から派遣された中城間切番所の役人が離任する際に、懇意にしていた泊ムラの人たちとの別れを惜しんでフッチャヌメーとシチャヌカー付近に1本ずつ植えたと言われています。
 このうち、フッチャヌメー付近に植えたクワディサーは1945年の沖縄戦で消失し、今は残っていません。シチャヌカー付近のクワディサーは明治の頃からすでに今のような姿だったと言われており、幹回りは4mで樹齢200年くらいと推定されています。
 現存するクワディサーは中城を代表する名木であると共に学術上重要であることから、1997(H9)年3月7日 村文化財に指定しました。

泊の大クワディサー,モモタマナの大木





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大木 | 20:30:00
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