沖縄 ひろし

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沖縄伝統のお守り マース袋
マース袋

かつて琉球王朝時代と呼ばれたころから、沖縄ではマース、つまり塩が人々の生活の中で、大事にされてきました。もちろん料理に使われるのですが、その保存性を高める性質から、本土の文化と同じように邪気を追い払う魔除けのものとして、利用されてきました。
マースは小さな小袋に入れられ、マース袋と呼ばれ、お守りとして、海人(うみんちゅ:漁師)や旅にでるときに身に付けていました。
今でも、その文化は受け継がれ、手作りでマース袋が作られています。

マース袋
沖縄伝統のお守りです。

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御嶽 | 12:38:56 | Trackback(0) | Comments(0)
カニマン御嶽
 今回は南城市大里にあるカニマン御嶽です。そもそもの由来は不明ですが、御嶽としていつも綺麗に掃除されています。

カニマン御嶽

表示板より
 島添大里グスクの西端に位置しており、その由来については不明ですが、昔の偉人を祀ったお墓であると伝えられています。
 大きさが2.5mほどの琉球石灰岩盤上に御嶽は祀られており、直径約2m、高さ約1mの円筒状に石灰岩を積み上げ、上部には蓋のような円形の屋根石が据えられています。また、頂部には宝珠が置かれていて、このような構造は南風原区の食栄森御嶽にもあり、大里地区に所在する御嶽の典型となっています。
 一段下った南東側には遥拝所のうち、西側に向いている遥拝所がカニマン御嶽への遥拝所であり、以前までは一般の人はカニマン御嶽まで直接入ることができず、ここから拝んでいたという話が残されています。

カニマン御嶽
カニマン御嶽です。いつも綺麗にされています。


カニマン御嶽

カニマン御嶽
カニマン御嶽の下にある拝所です。


場所は大里城跡の中にあります。城跡から行くと少し奥まった場所になりますが、城跡をとりかこむ道路から行くと直ぐです。



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御嶽 | 18:05:55 | Trackback(0) | Comments(0)
園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん) 世界遺産
 守礼門に引き続き、首里城にある史跡です。園比屋武御嶽石門は、守礼門を過ぎて直ぐにあります。石門の裏が御嶽と呼ばれる神聖な場所で、本土での神社や祠にあたる場所です。

園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん) 世界遺産

県教育委員会の資料より
 守礼門の後方左側の路傍にある石門で、石門と周辺のハンタン山一帯を園比屋武御嶽といいます。石門は御嶽の拝殿に当たり、むかし、国王が城外に出かけるとき、旅の安全を祈願した拝所であり、また、王府の行事で、東方の拝所巡礼をする「東御廻り(あがりうまーい)」や聞得大君(きこえおおぎみ)の「御新下り(おあらおり)」のときの第一番目の拝所でもあったと伝えられています。
 扉を除きすべて石造りの平唐破風門で、1519年ころの創建と推定されています。屋根石は板葺きの模様を刻んで軒回りに垂木形を彫り、両妻に懸魚(げぎょ)の彫刻を取り付けるなど木造建築の表現をしています。棟石は両面に唐草文様を彫り、中央に火炎宝珠をのせ、両端に鴟吻(しふん)及び鬼瓦を飾っています。石材は、棟石と棟飾り、懸魚(げぎょ)がニービの骨(微粒砂岩)で、他はすべて琉球石灰岩です。

沖縄,世界遺産


石で出来た重厚な門です。

場所は守礼門をくぐって直ぐ左手にあります。



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御嶽 | 20:56:26 | Trackback(0) | Comments(0)
ヤハラヅカサと浜川御嶽
 今回は、海の中にある神聖な場所、ヤハラヅカサです。神聖な場所なので、よくお参りに来る人がいます。

ヤハラヅカサ

表示板より
 琉球開びゃくの神アマミキヨが、ニライカナイから上陸した際の第一歩を記した場所と伝えられています。ヤハラヅカサは満潮時には水没し、干潮時にはその全体が現れます。浜川御嶽とともに、国王や聞得大君が4月の稲穂祭に参拝したところです。南城市指定有形民俗文化財。

ヤハラヅカサ


浜川御嶽

表示板より
 昔、アマミキヨ(島始の神)がギライカナイ(ニライカナイ:海の彼方の理想国)からヤハヅカサ(ヤハラヅカサ:ニライカナイへの遥拝所となっている)に上陸し、浜川御嶽にしばらく仮住まいした後、今のミントングスクに、安住の地を開いたという。
 この地は霊域として東御廻いの拝所である。

浜川御嶽


 場所は玉城の百名ビーチの奥にあります。受水走水の近くになります。



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御嶽 | 19:44:32 | Trackback(0) | Comments(0)
仲島の大石(なかじまのおおいし)
 今回は沖縄本島旅行の出発点、那覇バスターミナルにある史跡です。バスターミナル内にあるので、本島観光に出発する際にはちょっと見ていくといいでしょう。

説明は表示板から

仲島の大石
 高さ約6m、中央部の周囲は約25mの琉球石灰岩で、岩の下の方は波に浸食されてくぼんだ「ノッチ」と呼ばれる後があり、昔このあたりが海岸であったことを示している。久米村の人々は「文筆峰」とも呼び、村の風水にかかる縁起のよい大石として珍重していた。
 また、この付近に仲島の遊廓があり、多くの遊人が訪れ賑わっていた。歌人として有名な「よしや(吉屋地チルー)」も、この遊廓で短くはかない生涯を終えたと伝えられている。1908年(明治41年)には仲島の遊廓は辻に合併移転し、大正初年までにはこの付近は埋め立てられて現在に至っている。

 仲島の大石


 那覇バスターミナル内にあるのですぐにわかります。一見、バスターミナル内に大きな岩が転がっているので何かなと思いますが、この仲島の大石です。





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御嶽 | 22:36:21 | Trackback(0) | Comments(0)
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