FC2ブログ
 

沖縄 ひろし

沖縄の城跡、石獅子、大川など歴史的遺構を紹介しています。
真っ青な海もいいですが、歴史の探検も面白いですよ。





遺跡名等を入力してください。



 沖縄方言とシーサーのオリジナルLINEスタンプです。
http://line.me/S/sticker/1094298
 LINEアプリからは「沖縄方言」「シーサー」で検索して下さい。



沖縄雑貨のお求めは・・・

ロゴ


琉球ガラス 琉球ガラス

沖縄の島野菜 島野菜

旅行前注文で楽々沖縄旅行



沖縄,島野菜,料理,レシピ
Macintosh、iPad用
(iBook判25.4MB)


一般用
(PDF判18MB)



沖縄関連参考書



























琉球ガラス


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


さらに情報検索
沖縄関係のブログ色々あります。にほんブログ村 旅行ブログ 沖縄旅行へ


スポンサー広告 | --:--:--
大立大殿みゃーか 宮古島
大立大殿みゃーか

標示版より
 大立大殿みゃーかは、俗称・布干堂(ヌヌドー)にあって、天順年間(1457-1464)から成化年間(1465-1487)にかけて宮古島の主長をつとめた大立大殿恵幹の墓と伝えられている。
 このみゃーかの形状は、巨石で方形の石室(約150cm×約240cm、高さ約80cm)を造り、上部に一枚の蓋石(約150cm×約220cm、厚さ約15cm)を被せて、更に、石室の周囲に巨石を用いて外郭を設けてあった。
 大立大殿恵幹は童名を真佐利といい、1390年、宮古から初めて中山に朝貢した与那覇勢頭豊見親恵源(童名真佐久・白川氏の祖)の一子泰川大殿の第三子にあたる。父・泰川大殿が病のため隠棲、更に、兄二人も早く死去したため恵源の家統を継、天順年間には中山王(尚泰久)から宮古島の主長に任じられて70余歳まで朝貢等の公事を務めたと「白川氏家譜正統」に記されている。
 また、「宮古島記事仕次」によれば、大立大殿は、真誉の子豊見親の第一子空広(仲宗根豊見親玄雅・忠導氏の祖)を7歳の頃から自らの許において養育し、更に、17歳の頃、家権を委ねて政務をとらせたとあり、大立大殿の後、空広は中山王(尚円)から宮古島の主長に任じられたと記されている。
 15世紀後半における中山と宮古の関わり、及び、白川・忠導、両氏の関係はもとより、各地に点在するみゃーかと関連して宮古の歴史を考察する上でも、この大立大殿みゃーかは重要な遺跡である。

宮古島,史跡,観光地


大きな地図で見る
関連記事


さらに情報検索
沖縄関係のブログ色々あります。にほんブログ村 旅行ブログ 沖縄旅行へ


テーマ:史跡巡り - ジャンル:旅行

| 22:12:04

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。