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沖縄 ひろし

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知利真良豊見親の墓
今回は宮古島の遺跡です。

標示版より
 1500年、八重山のオヤケアカハチの乱の鎮圧の際に、首里王府軍の先導をつとめた仲宗根豊見親の三男・知利真良豊見親の墓として知られています。知利真良豊見親はオヤケアカハチの乱に父とともに従軍、のち次兄祭金が4年在勤したあとをうけて八重山頭職となり、彼の地で没したと伝えられています。近接する「仲宗根豊見親の墓」とともに宮古在来の墓「みゃーか」から横穴式にうつる中間形式を示しています。ツンプン(ひんぷん)の跡をとどめているところから、俗に「ツンプン墓」ともよばれています。保存状態がよく、墓の形の変遷、石工技術を知るうえでも貴重な墳墓です。前庭部を石垣で囲み、墓室外面は切石が三段に積まれ、上端には石柱列が設けられています。この墓は平良頭職をつとめ、杣山惣主取でもあった宮金氏寛富が1750年ごろ築造したと伝えられています。その子孫は宮古では宮金氏、八重山では長栄氏と称しています。なお、この地域において許可なく現状を変更することは、県条例で禁じられています。

知利真良豊見親の墓


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テーマ:史跡巡り - ジャンル:旅行

| 23:58:30 | Trackback(0) | Comments(0)
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