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沖縄 ひろし

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斎場御嶽(せーふぁうたき) 世界遺産
 今回は沖縄でも最も神聖な場所、斎場御嶽です。斎場御嶽は、内地での伊勢神宮のような場所です。
 場所は沖縄本島南部の南城市知念にあります。世界遺産にも登録されているので、観光コースにもなっています。

パンフより

斎場御嶽とは
 御嶽とは、南西諸島に広く分布している「聖地」の総称で、斎場御嶽は琉球開びゃく伝説にもあらわれる、琉球王国最高の聖地です。
 御嶽の中には六つのイビ(神域)がありますが、中でも大庫理・寄満・三庫理は、いずれも首里城内にある部屋と同じ名前をもっています。当時の首里城と斎場御嶽との深い関わりを示すものでしょう。
 はるかなる琉球王国時代、国家的な祭事には、聖なる白砂を「神の島」といわれる久高島からわざわざ運び入れ、それを御嶽全体に敷きつめました。その中でも、最も大きな行事が、聞得大君の就任式である「お新下り」でした。斎場御嶽は、琉球国王や聞得大君の、聖地巡拝の行事を今に伝える「東御廻り(アガリウマーイ)」の参拝地として、現在も多くの人々から崇拝されています。

東御廻り(あがりうまーい)
 琉球民族の祖といわれるアマミキヨ族が渡来し、住みついたと伝えられる知念・玉城の聖地を巡拝する神拝の行事。
 首里城を中心に、大里・佐敷・知念・玉城の各間切を東四間切または東方(あがりかた)ということから、知念・玉城の拝所巡礼を「東廻り」と称したものである。「今帰仁ヌブイ」と同じく、沖縄中の各門中が拝む風習があった。久高島は麦の発祥地、同じく知念のウファカルと、玉城の受水走水(三穂田)は米の発祥地として国王および聞得大君が参詣したことから、沖縄中の各門中も拝むようになったという。

御新下り(おあらおり)
 聞得大君の即位儀礼。任命後にはじめて知念間切にくだり、与那原の親川でお水撫での後、知念間切の斎場御嶽に夜籠もりをしてお名付けを受け、【大君霊】を継承する。
 御新下りは国の一大祭礼であり、その規模は大きなものであった。なお、1840年の史料によると、馬が138頭、道路補修等を含めた就任に駆り出された人夫がのべにして2,573人だったというから驚きである。

聞得大君(きこえおおきみ)
 琉球王国(第二尚氏)時代の最高の神女。
 【聞得】は【大君】の美称辞で、名に聞こえる大君様の意である。
 1470年に即位した、尚円王の王女が初めて大君に任命されて以来、王女・王妃・王母など、王族の女性が代々その職につき、明治12年(1879年)の首里城明け渡しに至るまで存続した。
 その任務は国の重要な祭祀を通し、国王の長寿・国の繁栄・五穀の豊穣・航海の安全を祈願することにあった。

久高島(くだかじま)
 知念半島の東方海上に位置する。琉球開びゃく伝説では、あまみきよ(琉球開びゃく神)の上陸地とされ、五穀発祥地と伝えられる。イザイホーをはじめとする多彩な祭祀行事が有名。


斎場御嶽
 
 三庫理(サングーイ)
 二本の鍾乳石と、三角形の空間の突き当たり部分は、それぞれが拝所となっています。また、東側には海の彼方に久高島を望むことができます。

斎場御嶽

 三庫理の中からは遠く神の島「久高島」が見えます。

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御嶽 | 22:32:32 | Trackback(0) | Comments(0)
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