投稿日:2009-08-20 Thu
マース袋かつて琉球王朝時代と呼ばれたころから、沖縄ではマース、つまり塩が人々の生活の中で、大事にされてきました。もちろん料理に使われるのですが、その保存性を高める性質から、本土の文化と同じように邪気を追い払う魔除けのものとして、利用されてきました。
マースは小さな小袋に入れられ、マース袋と呼ばれ、お守りとして、海人(うみんちゅ:漁師)や旅にでるときに身に付けていました。
今でも、その文化は受け継がれ、手作りでマース袋が作られています。

沖縄伝統のお守りです。
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→マース袋
投稿日:2009-01-14 Wed
ハビャーン久高島の最北端、港からもっとも離れた場所にある史跡です。
琉球神話の始祖アマミキヨが降り立ったという伝説のある場所です。
神事にも使われる神木クバの木が生い茂っています。この一帯のクバは沖縄県の天然記念物に指定されています。

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投稿日:2008-11-03 Mon
2009年版沖縄リゾートダイアリーの販売を開始しました。今回はカバーを4通り着せ替えできます。
予定を立てるのが楽しくなる手帳です。

リゾートダイアリーのお求めは、
沖縄雑貨「うりずん」
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投稿日:2008-09-03 Wed
忙しくてしばらくさぼっていましたが。。。今回は、沖縄本島を離れて離島、渡嘉敷島です。
渡嘉敷島は今ではダイビングスポットとして観光地化されていますが、歴史のある島です。
根本家の石垣
表示板より
字渡嘉敷 5番地の屋号「根元」家の石垣は、渡嘉敷村に残る貴重な文化遺産である。
当家は琉球王朝時代にこの島の男たちが水主(唐や薩摩へ行く船の乗組員)として、船(進貢船・接船)や(薩摩へ行く御用船)で活躍した頃に繁栄したと伝えられている。
屋敷を囲む石垣や、内にあるヒンプンはどれも精巧に切り取られた石灰岩を正確に積み上げられており、現在のような道具もなかったであろう時代の職人技のすばらしさをかいま見ることができる立派な石垣である。
この石垣は、渡唐船の船頭役を勤めた当家の主が「唐儲け」により建設したといわれており、往時の財力がうかがわれる。
さった第2次世界大戦において東側の一部が破壊されたが平成9年3月に修復した。

重厚な石垣です。

入り口は行ってすぐの所に、家の中が見えないようにヒンプンがあります。
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投稿日:2008-05-06 Tue
今回はシーサーです。沖縄本島南部の八重瀬町にあるシーサーです。
道路沿いに小さく案内板は出ているのですが、なかなかわかりにくい場所にあります。西部プラザ公園の中にあります。展望台の裏手ぐらいになります。
小城のニーセー石
表示板より
このニーセー石は、獅子の形をしている名前のごとくニーセー(青年)を栄えさせるための守り神であるが、いつ誰が建てたか定かではない。
古老の話では、このニーセー石を建てて拝むようになってから、小城の青年達は栄えるようになったとのこと。火よけや魔よけの守り神がほとんどの沖縄シーサーの中にあって、青年繁栄の守り神であるこのニーセー石は特異な存在である。
今でも、各種の青年の行事があるときは、集落の役員や青年達がこのニーセー石を拝んでいる。

立ったような感じのシーサーです。

アップにするとやはりシーサーの顔をしています。
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