沖縄 ひろし

沖縄の城跡、石獅子、大川など歴史的遺構を紹介しています。
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上門(いーじょう)の石門と石畳道
上門の石門と石畳道

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 「富名腰ウエキー」と呼ばれる上門のヒンプンと石垣の屋敷囲いは、多くの石工と人夫を動員して造られ、一年以上かかったと言い伝えられています。使用した石は集落の東側(ナンジャーガーの下側等)にある岩山の石を切り取ったもので、大勢の人々が引っ張って運んだと言われています。また、西側と後方には石畳道が残っており、石垣には石敢當がはめ込まれているなど珍しい方法で設置されています。

上門の石門と石畳道,南城市,史跡,石畳

上門の石門と石畳道,南城市,史跡,石畳
※個人宅なので、道路から見学するようにしましょう。



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家屋 | 15:10:40
知念大川(ちねんうっかー)
知念大川

表示板より
 知念大川の水源地は後ろの崖下にある「ウファカル」と呼ばれる湧水で、『中山世艦(ちゅうざんせいかん)』(1650年)には「アマミキヨが知念大川後ろの田と玉城の受水走水(うきんじゅはいんじゅ)に稲を蒔いた」と記されています。このことから、知念大川は琉球国王が自ら参拝する聖地とされ、現在の東御廻り(あがりうまーい)に受け継がれています。

知念大川,沖縄,史跡,湧き水,パワースポット

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大川&樋川 | 16:32:26
カラウカハ
カラウカハ

表示版より
 玉城新原集落の北西側にあり、知念の「ウファカル」、玉城「受水・走水」とともに稲作発祥伝説の舞台となっています。
 地元の伝承によると、今から約700年前、中国から稲穂をくわえて飛んできた一羽の鶴が暴風にあってこの地に落ち、その稲穂がここで芽を出しました。早苗はアマミツ(地元の偉人)によって受水・走水の水田(御穂田)に移植され、琉球最初の稲作が始まったと伝えられています。現在は地域の拝所として、初ウビー(若水取りの儀式)などの行事に拝まれています(別名「天孫子ガー」)。

カラウカハ,史跡,稲作発祥地,玉城,新原





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大川&樋川 | 20:47:00
天后宮
天后宮

表示板より
天后宮
 天后宮は、一名ブサードー(菩薩堂)とも呼ばれ、本尊に中国の航海安全の神天妃(天后ともいう)を勧請して祀っている。
 1756年、尚穆王の冊封のため中国より来琉途中の冊封使一行(正使全魁、副使周煌、外200余名)の船が台風にあい、真謝港外で遭難した。時の地頭代喜久村絜聡をはじめとする島の人々により全員救助され真謝の蔵元にしばらく滞在して船を修理し無事に那覇に着き冊封の儀式を行うことができた。その時の神の佐に感謝して1759年、尚穆王により堂が創建された。工事にあたっては冊封使一行からも工費銀や扁額聯などが寄進された。銀はグサーグムチ(菩薩堂基金)として保管され、年々の祭祀料として明治末まで活用された。堂は三間四方の平入り入母屋造の本瓦葺きで、周囲に雨端(土庇)をめぐらし、屋根は段差を設け、しころ葺き風になっている。堂内は正面に仏壇があり、厨子を安置して天妃像を祀ってある。かつては天妃像の左右に千里眼と順風耳の二神を配し、楣には「玉山仙姥の扁額、仏壇左右の柱と入口両側の柱にそれぞれの聯がかかげられていた。

天后宮,久米島,沖縄,御嶽






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御嶽 | 23:34:03
カニマン御嶽
カニマン御嶽

表示板より
 島添大里グスクの西端に位置しており、その由来については不明ですが、昔の偉人を祀ったお墓であると伝えられています。
 大きさが2.5メートルほどの琉球石灰岩盤上に御嶽は祀られており、直径約2メートル、高さ約1メートルの円形の屋根石が据えられています。また、頂部には宝珠が置かれていて、このような構造は南風原区の食栄森御嶽にもあり、大里地区に所在する御嶽の典型となっています。
 一段下った南東側には遥拝を行う広場が設けられており、二箇所ある遥拝所のうち、西側に向いている遥拝所がカニマン御嶽への遥拝所であり、以前までは一般の人はカニマン御嶽まで直接入ることができず、ここから拝んでいたという話が残されています。

カニマン御嶽,大里城址,御嶽,沖縄,遥拝所,史跡




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御嶽 | 22:46:06
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